彼氏のすごいところを見るたびに、なんか自分が小さくなる感じがする
彼氏が仕事の話をしてた。
昇進した話、プロジェクトがうまくいった話、周りからの評価が上がってる話。聞きながら、「すごいね」と笑ってた。本当にそう思ってた。
でも帰り道、ひとりになった瞬間に胸のあたりがずんとなった。
…私、何もないな
彼氏への嫉妬とは違う。引き摺り下ろしたいわけじゃない。ただ、並べたときの自分の小ささが、じわっと染みてくる感じ。彼氏のことが好きだから一緒にいるのに、一緒にいるたびに自分への評価が下がっていく。
この彼氏と比べて自分がだめだと思う感覚は、彼氏が原因じゃない。でもその感覚を放置すると、関係そのものを壊していく。だから今日はここを正面から見ていく。
比べてしまうこと自体は、異常じゃない
人間は比較する生き物だよ。
しかも一番近くにいる人と比べるのは、距離が近いほど自然なこと。赤の他人と比べるより、毎日会う彼氏と比べる方が、リアルに刺さる。
問題は比べること自体じゃなくて、比べた結果を「自分がだめな証拠」として積み上げていくこと。比較が自己評価を下げる道具になってしまってる状態が、しんどさの正体だよ。
彼氏と比べて自分がだめだと感じる、よくあるパターン
仕事・キャリアで差を感じるとき
彼氏が昇進した。年収が上がった。やりたいことが明確で、着々と進んでる。
一方の自分は、仕事がなんとなく続いてる。やりたいことが見つかってない。評価されてる実感が薄い。
デートで彼氏の話を聞くたびに、自分の話をすることが恥ずかしくなってくる。「私の話なんて大したことない」が先に来て、どんどん話さなくなっていく。
Bさんは彼氏が有名企業に転職したタイミングから、自分の仕事の話を一切しなくなった。聞かれても「普通だよ」で流すようになった。彼氏は「最近何考えてるかわからなくなった」と言い始めた。比較から来た自己嫌悪が、関係のコミュニケーションを静かに壊してた。
外見・スペックで差を感じるとき
彼氏がイケメンで、自分はそれに釣り合ってないと感じてる。
または彼氏の方が学歴が高い、収入が高い、社会的な評価が高い。一緒に歩いてるとき「なんで彼女がこの人?」と思われてるんじゃないかという感覚がある。
人目が気になって、一緒にいることへの居心地が悪くなってくる。彼氏といるはずなのに、自分の外見や存在を値踏みされてる感覚が先に来てしまう。
性格・メンタルで差を感じるとき
彼氏はポジティブで、物事に動じない。落ち込むことがほとんどない。人間関係もうまくやれてる。
一方の自分は、すぐ不安になる。小さいことで落ち込む。人に気を使いすぎて疲れる。感情の波がある。
彼氏のメンタルの安定さを見るたびに「私はなんでこんなに弱いんだろう」になってしまう。自分の感情そのものを、欠陥みたいに感じてしまう。
これ、一番しんどいパターンだよ。仕事や外見は変えられる余地があるけど、性格やメンタルの話は自分の根っこへの否定につながるから。
自己嫌悪が関係に与える影響
彼氏の前で本音が言えなくなる
自分がだめだと思ってると、本音を出すことが怖くなる。
こんなこと言ったら引かれるかな。こんな考え方してる自分を知られたくない。弱い部分を見せたら、幻滅されるかな。
そうやって、どんどん自分を隠していく。表面上はうまくやってるのに、彼氏に見せてる自分は本物じゃない。その乖離が積み重なると、一緒にいても孤独な感覚が来るようになる。
彼氏は気づいてない。でもこちらは、偽りの自分と付き合わせてる罪悪感まで抱えることになる。
彼氏の好意を素直に受け取れなくなる
「かわいいね」と言われたとき、素直に嬉しいと感じられない。
(お世辞かな)(本当にそう思ってる?)(こんな私のどこがいいんだろう)
好意を受け取る器が、自己嫌悪によって小さくなってしまってる。彼氏がどれだけ愛情を示しても、自分がそれに値しないという感覚がフィルターになって、届かなくなっていく。
Cさんは彼氏に「好きだよ」と言われるたびに「なんで?」と聞いてしまうようになってた。彼氏が答えるたびに「でもそれは…」と否定した。半年後、彼氏に「俺の気持ちを信じてくれない感じがする」と言われた。自己嫌悪が、彼氏の愛情を受け取ることを妨げてた。
彼氏への感情が歪んでいく
自己嫌悪が強くなると、彼氏のすごい部分を素直に喜べなくなってくる。
良かったね、と思いたいのに、その裏で自分との差がまた広がったという感覚が来てしまう。嫉妬とも違う。羨ましいとも違う。ただ、彼氏の成長を見るたびに自分が削られていく感じ。
それが続くと、彼氏の話を聞くことそのものが苦しくなってくる。好きな人の話を聞くのが苦しい、という矛盾した状況に入ってしまう。
なぜ彼氏と比べて自分がだめだと感じてしまうのか
自己肯定感が低いことが根っこにある
彼氏がすごいから自己嫌悪になるんじゃない。
自己肯定感が低い状態だと、比較の対象が誰であっても自分を下に置いてしまう。彼氏じゃなくても、友人でも、SNSの見知らぬ人でも、自分より優れてる部分を見た瞬間に自分への評価が落ちる。
彼氏と比べて落ち込んでるように見えるけど、実は彼氏が原因じゃない。自分への評価の基盤が不安定だから、何かと比べるたびに揺れてしまう。
自分の価値を「何かができること」に置きすぎてる
仕事ができる、収入が高い、外見がいい、人間関係がうまい。そういう「何かができる」ことで自分の価値を測ってると、それが劣ってると感じた瞬間に価値ごと消えた気になってしまう。
でも人間の価値は、能力や成果だけじゃないよ。当たり前のことだけど、自己嫌悪の中にいるとその当たり前が見えなくなる。
「釣り合わないといけない」という思い込みがある
付き合ってるなら、同じくらいのレベルじゃないといけない。
この思い込み、どこから来てるんだろう。恋愛は対等な取引じゃないのに、スペックを揃えないといけないという強迫観念がある人は多い。
釣り合わないといけない、という感覚の正体は「自分だけが得をしてる」という後ろめたさだったりする。でも彼氏は彼氏の判断で付き合ってる。あなたに価値がないと思えば、付き合い続けてないよ。その事実より、自分の感覚を信じてしまってるのが問題だよ。
自己嫌悪から抜け出すための、具体的な方法
比較の土俵を変える
彼氏と比べてるとき、何の軸で比べてる?
仕事の成果、収入、外見、人付き合い。でもその軸、本当に大事な軸?
自分が大切にしてること、自分にしかできないこと、自分が持ってるものという軸で見たとき、また違う景色が見えてくる。
彼氏が仕事で評価されてることと、あなたが誰かに親切にできることは、同じ土俵で比べるものじゃない。比較できるものと、比較できないものを混ぜてしまってることが、苦しさの原因になってることがある。
「彼氏より劣ってる」ではなく「彼氏と違う」に変える
劣ってる、という評価はひとつの軸を前提にしてる。
違う、という見方は軸が複数あることを前提にしてる。
彼氏はその軸が高い。自分は別の軸がある。それだけの話を、ひとつの軸だけで判断して「劣ってる」にしてしまってる。
Dさんは彼氏より仕事が劣ってると感じてたけど、彼氏から「俺が落ち込んでるときにそばにいてくれる感じ、お前にしかできない」と言われた日のことを覚えてると言ってた。仕事の軸では差があった。でも彼氏にとって大切な軸では、Dさんにしかできないことがあった。
劣ってるんじゃなくて、違う。その認識の差は、思ってるより大きい。
自分の「できてること」を意識的に書き出す
自己嫌悪が強いとき、できてないことばかりが目に入る。できてることが見えなくなる。
だから意識的に書き出す。些細なことでいい。今日ちゃんとご飯を作った。友人の話をちゃんと聞いた。締め切りを守った。笑顔で挨拶できた。
大きな成果じゃなくていい。日常の中で当たり前にやってることを、当たり前じゃないものとして見る練習。これを続けると、自分への評価の基準が少しずつ変わってくる。
彼氏に正直に話してみる
「彼氏と比べて自分がだめだと感じてる」を、彼氏本人に言えるかどうか。
言えてないなら、彼氏は知らないまま。知らないから、フォローのしようもない。
「あなたのすごいところを見るたびに、なんか自分が小さく感じてしまうことがある」と一言だけ言ってみる。責めてない。彼氏を下げようとしてない。ただ、自分の感覚を伝える。
Eさんがそれを言ったとき、彼氏の返しは「俺はお前のそういうところが好きだよ」だった。何がとは言わなかったけど、Eさんは泣いてしまったと。その言葉が欲しかったんじゃなくて、ちゃんと見てくれてたことへの安堵が来たと言ってた。
自己嫌悪と長く付き合ってきた人へ
彼氏ができる前から、自己評価が低かった可能性がある
彼氏と付き合ってから自己嫌悪が始まったように感じるけど、実は前からあった可能性が高い。
比較する対象が彼氏になっただけで、その前も友人と比べてた、SNSの誰かと比べてた、親と比べてた。比較を通じて自分を下に置くパターンが、ずっと前からあったんじゃないか。
彼氏と別れても、その感覚が消えるわけじゃない。次の恋愛でも、また同じことが起きる。根っこの部分に向き合わないと、恋愛を変えても繰り返す。
自己嫌悪が強いなら、外に出すことが先
自己嫌悪が強い状態は、ひとりで頭の中でぐるぐるしてると悪化しやすい。
友人に話す。日記に書く。カウンセラーに相談する。外に出すことで、頭の中で巨大に見えてた問題が、実際の大きさで見えてくることがある。
「彼氏と比べて自分がだめ」という感覚も、言語化して外に出したとき「あ、これは事実じゃなくて感覚だな」と気づける場合がある。頭の中だけにあると、感覚が事実と区別できなくなってしまうから。
彼氏と比べることをゼロにする必要はない
彼氏と比べて自分を高めようとする感覚は、全部悪いわけじゃない。
彼氏のすごい部分を見て「私もこうなりたい」と思えるなら、それは成長の動力になる。問題は「なりたい」が「なれない自分はだめだ」に直結してしまってること。
比較を自己否定に使うんじゃなくて、方向性を見つけるヒントに使う。その使い方の違いだけで、比較の結果がまったく変わってくる。
彼氏と比べて落ち込んでる自分に気づいたとき、その感覚を責めないでほしい。感じてしまうことは止められない。でもその後、どこに向かうかは選べる。自己嫌悪に向かうか、自分への興味に向かうか。彼氏を見て落ち込んだとき、次に「じゃあ私はどうしたいんだろう」に移れるかどうか、そこだけを変えていく練習をしてみてほしい。
