彼の寝顔を、じっと見てた。
口、半開き。ちょっと、いびきもかいてる。
昔はこの顔を見るだけで、胸がきゅんとしたのにな。
今は…なんにも、こない。
好きとも、嫌いとも違う。ただ、平ら。
あれ。私、この人のこと、まだ好きなんだっけ?
隣で寝てる人の体温を感じながら、ひとり、天井をぼんやり見上げる。
答えが、どこにも見つからない夜。
誰かに、彼のこと好き?って聞かれて、すぐ頷けない。あの一瞬の間が、自分でもこわいの。嫌いになったわけじゃ、ないと思う。でも、付き合いたての頃みたいな、あの胸の高鳴りが、もう思い出せない。これって倦怠期?それとも、私の気持ち、終わっちゃったのかな。
ときめかないのは、まぶしさに目が慣れただけ
出会った頃のまぶしさは、ずっとは続かない
映画館に入った瞬間って、真っ暗で何も見えないでしょ。でも数分すると、ちゃんと周りが見えてくる。逆に、暗い場所から急に外へ出ると、チカチカしてまぶしい。なのに、しばらく歩けば、その明るさが当たり前になる。目って、どんな光にも慣れていくの。
恋も、まるっきり同じ。出会ったばかりの相手は、まぶしかったでしょ。顔を見るだけで、心臓が跳ねた。連絡が来るだけで、スマホの画面が光って見えた。だけど、毎日その光を浴びてたら、目が慣れる。まぶしさが、ふつうになる。
ときめかなくなったのは、相手の光が消えたからじゃないよ。あなたの目が、その明るさに順応しただけ。光は、たぶん今もそこにあるんだよね。
倦怠期って言葉に、逃げ込んでない?
ここ、ちょっと厳しいこと言うね。
倦怠期って言葉、便利すぎるの。これは倦怠期だから、しばらく待てば元に戻る。そう思えば、今すぐ決断しなくて済むでしょ。別れる勇気も、向き合う面倒も、ぜんぶ先送りにできる。
でもその言葉にすがってる間、あなたは何もしてない。ただ、勝手にときめきが戻ってくるのを待ってるだけ。…言っちゃったけど、図星じゃない?
倦怠期かどうかをいくら検索しても、答えは出ないんだよ。だって、相手の問題じゃなくて、あなたが自分の気持ちと向き合うのを、こわがってるだけだから。
彼の寝顔に、何も感じなかった夜
私の話をするね。
付き合って二年くらいの彼がいた。最初は、それはもう、まぶしかったの。会う前の日は眠れないし、隣を歩くだけで顔が熱くなった。
それがある夜、ふっと気づいた。彼の寝顔を見ても、なんにも動かない自分に。昔はあんなにきゅんとした顔なのにね。胸の奥が、しーんと静まり返ってた。
あ、私、もう好きじゃないんだ。そう思って、目の奥がじわっと熱くなった。この関係、終わったのかな…
でも、違ったの。あれは好きが消えたんじゃなくて、彼の光に、私の目がすっかり慣れてただけ。それに気づくまで、ずいぶん遠回りしたんだけどさ。
なぜ、あんなに高鳴った胸が静かになるのか
じゃあ、なんでまぶしさが、ふつうに変わっていくのか。中身を開けてみると、それ、関係が壊れたサインじゃないの。むしろ、逆だったりするんだよ。
安心が、ときめきを上から塗り替える
ときめきって、実は不安とセットなの。この人、私のこと好きかな。次も会えるかな。嫌われてないかな。その、相手の心が読めないドキドキこそが、胸の高鳴りの正体だったりする。
付き合って時間が経つと、その不安が、消えていくでしょ。この人は私のそばにいてくれる。明日も会える。湧いてきた安心が、ドキドキを静かに上書きしていくの。
つまり、ときめかなくなったのは、不安がなくなった証拠。関係が安定して、安全になったってこと。これ、失敗でもなんでもなくて、二人がちゃんと積み上げてきた成果なんだよね。まぶしさが消えた場所に、あったかい安心が残ってる。それ、けっこう尊いことじゃない?
ときめき=愛、って刷り込まれすぎてる
言い切るよ。
ドラマも、漫画も、恋の歌も、ぜんぶ、ときめく瞬間ばっかり描くでしょ。胸が高鳴って、頬が熱くなって。あれが恋だって、私たちは小さい頃から刷り込まれてきた。
でね、その刷り込みのせいで、ときめかない=もう愛してない、って勘違いしちゃう。これが、いちばんの落とし穴。
本当はね、ときめきなんて、恋のいちばん最初の、ほんの入り口にすぎないの。物語が始まる華やかな場面ばかり繰り返し見せられて、その先に広がる、静かで長い愛の景色を、誰も教えてくれなかっただけなんだよ。
ただ慣れただけか、本当に光が消えたか
ここまで、慣れただけだから大丈夫、って話をしてきた。でも、正直に言うね。全部が全部、そうとは限らないの。目が慣れただけの場合と、本当に光が消えてる場合がある。その見分け方を、ちゃんと渡しておくね。
彼がいなくなる場面を、想像してみて
いちばん早い見分け方は、これ。
目を閉じて、彼が明日、あなたの前から消える場面を、思い浮かべてみて。連絡が途絶えて、二度と会えなくなる。その想像をした時、胸が、どう動いた?
ぎゅっと締めつけられて、いやだ、って思ったなら。それは、光がまだそこにある証拠。慣れて見えなくなってただけで、消えたら真っ暗になることを、体が知ってるの。
反対に、なんだか肩が軽くなった気がしたなら。…それは、慣れじゃないかもしれない。ちゃんと、向き合ったほうがいいサインだよ。
暗い部屋に慣れると、明かりがあることすら忘れるでしょ。でも、その明かりが本当に消えた瞬間だけは、ちゃんと、ぞくっと寒くなるものなの。
惰性とさみしさで隣にいるなら、それは別の話
もうひとつ。これは、ちょっと痛いよ。
彼と一緒にいる理由が、好きだからじゃなくて、別れるのが面倒だから。独りになるのがこわいから。今さら新しい恋を探すのがしんどいから。もし、そういう理由ばっかりが浮かぶなら。それは倦怠期じゃなくて、惰性なんだよね。
慣れた相手といる楽さと、その人を好きでいる気持ちは、似てるようで、まったくの別もの。楽だから離れない、を、好きだから一緒にいる、と取り違えると、何年もずるずるいっちゃう。
こわくても、一回だけ自分に聞いてみて。私は彼が好きで隣にいるの?それとも、ただ慣れた場所から動きたくないだけなの?
待っていても、慣れた目は元に戻らない
仕組みが分かったら、どうするか。ここで、いちばん大事なことを言うね。倦怠期を、待てば終わるものだと思ってるなら、それ、間違いだから。
放っておいたら、慣れたまま一生続く
明るい部屋に、ずっと座ってるとするでしょ。目は、慣れたまま。何分待っても、何時間待っても、その明るさが、またまぶしく感じる日なんて、来ないの。
倦怠期も、まるっきり同じ。同じ毎日を、同じように繰り返してたら、慣れた目は、慣れたまんま。待ってれば勝手にときめきが戻るなんてこと、起きやしないんだよ。
むしろ、待つのが、いちばんダメ。何も変えずに、戻ってこない感覚をただ待ってる間に、惰性だけが分厚くなっていく。気づいた時には、もう動く気力すら、なくなってる。そういうカップル、ほんとよく見るの。
部屋を出てみる。光の当て方を変えてみる
じゃあ、どうすれば、まぶしさが戻るのか。答えは、目を慣れさせない状況を、自分から作ること。
ひとつは、部屋を出ること。少し距離を置く。ひとりの時間を増やす。別々の予定で、週末を過ごしてみる。ずっと浴びてた光から一回離れると、また会った時に、あれ、こんなにまぶしかったっけ、って感覚が、ふっと戻ることがあるの。
もうひとつは、光の当て方を変えること。いつもと違うことを、二人でやってみる。行ったことのない場所へ行く。やったことのない遊びをする。同じ相手でも、違う角度から光が差すと、見たことのない表情が浮かび上がってきたりする。
何もしないで待つより、ずっといい。慣れって、動いた人にだけ、ほどけるものなんだよね。
ときめきが戻るかより、見ていたいか
でもね、最後に、いちばん伝えたいことがあるの。ここまでときめきを取り戻す話をしておいて、ひっくり返すようだけど。
大人の恋は、まぶしさじゃなく、見続ける選択
正直に言うね。出会った頃の、目がチカチカするようなまぶしさは、たぶん、完全には戻らない。毎日顔を合わせる相手に、初対面のドキドキを感じ続けるなんて、無理なの。それが、人間の目の作りだから。
で、ここからが本題。本物の愛って、まぶしさのことじゃないんだよ。慣れて、ふつうの明るさになった相手を、それでも見ていたいと思えるかどうか。まぶしくなくても、ずっと目を向けていたいか。それこそが、長く続く恋の正体なの。
ときめくから好き、なんて、出会って三ヶ月の話。まぶしくないのに、なぜか目が離せない。その静かな引力のほうが、ずっと深くて、ずっと強いんだよね。
慣れた光の中で、彼を見てみる
だから、問いを立て直してみて。ときめきが戻るかどうか、じゃないの。
慣れた、ふつうの明るさの中で、今の彼を見てみる。まぶしくはない。胸も高鳴らない。それでも、その横顔を、もう少し見ていたいと思えるか。隣にいて、息がしやすいか。
そう思えるなら、あなたの恋は、終わってなんかないよ。むしろ、いちばんいい時期に入ったのかもしれない。まぶしさの興奮が引いた後に残る、その穏やかな景色こそ、ずっと探してたものだったりするからね。
倦怠期で手放した友人と、見つめ直した私
ときめきが消えた後、片方はその人を手放して、片方は手元に残した。
まぶしさを追って、いい人を手放した友人
友人が、三年付き合った彼との倦怠期に、悩んでた。優しいし、喧嘩もない。でも、ときめかない。それを彼女は、もう冷めたんだ、って結論にしたの。
で、別れた。しばらくして、新しい人と付き合い始めた。最初は、それはもう、まぶしそうだったよ。毎日キラキラして、やっぱりときめきって大事だわ、なんて言ってさ。
ところが。半年もしたら、その新しい彼にも、慣れていったの。また、ときめかない、って言い出した。当たり前なんだよね。どんな相手でも、目は必ず慣れるんだから。
彼女、ぽつりと言ってた。あの時別れた人、本当はすごくいい人だったな、って。まぶしさだけを追いかけて、もっと大事なものを、捨てちゃったことに、後から気づいたの。その目、ちょっと潤んでた(泣)。新しい光を探し続ける限り、たどり着けない場所があるんだよ。
別れる前に、光の当て方を変えた私
こっちは私の話。さっきの、彼の寝顔に何も感じなかった、あの続き。
私も、危うく友人と同じ道を行きかけた。もう好きじゃないのかも、別れたほうがいいのかな、って何度も思ったよ。でも、彼がいなくなる場面を想像した時、胸がぎゅうっと締めつけられたの。あ、まだ消えてないんだ、って。
そこで私は、待つのも、別れるのも、どっちもやめた。代わりに、光の当て方を変えてみたんだよね。思いきって、二人で何泊か旅行に行った。普段とまるで違う場所で、見たことのない彼の顔を、たくさん見た。
完全に元のまぶしさが戻ったかというと、正直、そうじゃない。チカチカするような、あのドキドキは、もう昔ほどじゃなかった。でもね。旅先の夜、隣で笑う彼の横顔を見てて、ふっと思ったの。まぶしくないのに、この顔、ずっと見ていたいなって。胸が、ことんと静かに鳴った。
あれが、答えだった。ときめきが戻ったから好きでいられたんじゃない。慣れた光の中でも、彼を見ていたいって思えた。それが、まぶしさよりずっと確かな、好きの形だったんだよね。あの時、慣れただけなのに別れてたら、と思うと、今でも、ひやっとするわ。
