彼の既読が、つかない。
それだけで、もう何も手につかない。
読みかけの本は、さっきから同じ行を三回なぞってる。
スマホを、伏せて、また表に返す。数分おきに。
今日、私、何かした?怒らせた?
頭の中が、彼のことで、ぱんぱんに膨らんでいく。
彼が笑えば、私の一日は晴れ。彼がそっけなければ、世界は真っ暗。
気づけば、私の機嫌の天気予報は、ぜんぶ彼が握ってた。
あれ。私の人生の主導権、いつのまに、渡しちゃったんだろう。
好きな人ができると、その人が生活の中心になるのは、自然なことだよね。でも、中心を通り越して、その人がいないと自分が成り立たない、ってところまで来ると、ちょっと苦しい。
縋る恋愛は、相手一本の柱にもたれかかった建物
好きすぎて苦しい。相手が全て。それを、深い愛だと思ってきたかもしれない。でもね、その解釈、一回止めてほしいの。あなたがしてるのは、愛じゃなくて、自分の全体重を、相手っていう一本の柱に、預けきってる状態かもしれないから。
柱が抜けたら、全部が倒れる片持ち構造
建築で、片持ち構造っていうのがあるの。一本の支えに、ぜんぶの重みを乗っける造り。その一本さえしっかりしてれば立ってるけど、そこが抜けた瞬間、全体が、がしゃんと崩れ落ちる。
縋る恋愛って、まさにこれなの。あなたの幸せも、自信も、心の安定も、ぜんぶ、相手っていう一本の柱に、乗っかってる。だから、彼の機嫌ひとつで、あなたの世界が、ぐらぐら揺れる。連絡が途絶えただけで、足元が崩れる気がする。
一本に全部を預けてると、その柱に、少しヒビが入るだけで、生きた心地がしなくなるんだよね。あなたの建物が、いつも不安定なのは、あなたが弱いからじゃない。構造が、そもそも危ういの。
縋りは愛が深いんじゃなく、自分の重さを丸投げしてるだけ
相手に縋るのは、愛が深いからじゃない。自分っていう重い荷物を、一人で持ちたくなくて、相手に丸ごと預けてるだけ。
考えてみて。あなたが本当に相手を思ってるなら、その人に、あなたの人生の重さを、まるごと背負わせようとする?しないでしょ。縋るって、私の幸せは、あなたが管理してね、って、自分の重さを相手に肩代わりさせる行為なの。
これ、愛の顔をした、甘えなんだよね。私を満たして、私を安心させて、私を幸せにして。ぜんぶ、相手に、要求してる。その重さを引き受けさせられた相手が、だんだん疲れていくのも、当然なんだよ。
相手を重り扱いしてる時点で、対等じゃない
そして、いちばん大事なこと。相手に縋ってる時、あなたは、その人を対等な人間として、見れてないの。
だって、相手を、自分を支えてくれる柱として、機能として、見てるでしょ。あなたを安心させてくれるかどうか、あなたを幸せにしてくれるかどうか。その、あなたにとっての役に立つか、っていう物差しで、相手を測ってる。
それって、相手を一人の人間じゃなくて、自分の心の安定装置として、扱ってるってことなんだよね。縋る恋愛が、どうしても対等になれないのは、これが理由。もたれかかる側と、支える側。この時点で、二人の関係は、もう傾いてるの。
なぜ、一本の柱にもたれてしまうのか
じゃあ、なんで自分の重さを、一人に預けきってしまうのか。中身を開けてみると、根っこにあるのは、相手への愛じゃないことが、多いの。
自分ひとりだと、心もとない
いちばんあるのが、これ。あなたが、自分一人で立つことに、自信が持てていない場合。
自分には価値がない、一人だとさみしい、誰かに必要とされてないと不安。そういう、自分の内側の心もとなさを、恋人で埋めようとするの。相手に愛されることで、はじめて、自分に価値がある気がする。相手が必要としてくれることで、やっと、安心できる。
つまり、あなたが縋ってるのは、相手そのものじゃなくて、相手がくれる、自分は大丈夫っていう感覚なんだよね。自分で自分を支えられない不安を、恋人という柱で、なんとか補強しようとしてるの。
この人を失ったら、もう次はないという恐怖
もうひとつ、多いのがこれ。この人以上の相手なんて、二度と現れない、っていう思い込み。
そう思い込むと、もう必死になるでしょ。この柱を失ったら、私の建物は、二度と立たない。だから、どんなに不安定でも、その一本にしがみつくしかなくなる。相手に嫌われないように、機嫌をうかがって、言いたいことも飲み込んで。
でもね、この恐怖こそが、あなたを縋りに縛りつけてる正体なの。失うのがこわいから、対等でいられない。嫌われるのがこわいから、要求ばかりして、相手を疲れさせる。皮肉なことに、失うのを恐れるほど、その手つきで、相手を遠ざけてくんだよね。
一本の柱に、全部を預けきってた頃の私
私の話をするね。昔の私は、まさに、この状態だったの。
付き合った人に、ぜんぶを預けてた。彼が私の全世界で、彼の顔色が、私の一日の天気だった。連絡がないと、何時間もスマホを握りしめて、嫌われたんじゃないかって、頭の中がぐるぐる。自分の趣味も、友達との時間も、ぜんぶ後回しにして、彼一色に染まってた。
正直に、あの頃の頭の中を晒すね。この人がいなくなったら、私、生きていけない…って、本気で思ってた。彼を愛してるつもりだった。でも、今なら分かる。あれは愛じゃなくて、自分一人で立つのがこわくて、彼っていう柱に、しがみついてただけ。私の重さを、ぜんぶ彼に、背負わせてたんだよね。…その先に、何が待ってたか。あとで、正直に話すね。
対等な恋愛は、二本の石が支え合うアーチ橋
じゃあ、縋りじゃない、対等な恋愛って、どういう形なのか。片持ち構造の対極にある、もうひとつの建築を、イメージしてほしいの。
互いに寄りかかって、なお崩れない構造
アーチ橋って、知ってる?石を、こう、両側から積み上げて、真ん中で、互いに押し合うことで、支え合ってる。片方だけじゃ立たない。でも、二つが互いに寄りかかることで、どんな重さにも耐える、丈夫な橋になる。
対等な恋愛って、これなの。二人が、それぞれ自分の重みを持ちながら、真ん中で、支え合ってる。互いに寄りかかってはいるけど、一方的にもたれてるんじゃなくて、双方向に、押し合ってる。だから、崩れない。
縋る恋愛の片持ち構造と、決定的に違うのは、ここ。もたれる側と支える側に、分かれてないの。二人とも、支える側でもあり、支えられる側でもある。その、対等な押し合いが、二人の関係を、強くするんだよね。
対等とは、好きの重さが釣り合うことじゃない
ここ、勘違いしやすいから、言っておくね。
対等な恋愛って、二人の好きの量が、ぴったり同じ、って意味じゃないの。どっちがより好きか、なんて、測れないし、測る必要もない。そこじゃないんだよ。
本当の対等は、相手がいなくても、それぞれが、自分の足で、ちゃんと立てること。アーチ橋の石が、一個でも、それなりの重さと形を保ってるみたいに。相手に寄りかかってはいても、いざ相手が離れても、自分だけで、なんとか立っていられる。その、各自の自立が、土台にあること。それが、対等の正体なの。
縋る恋愛は、相手が抜けたら倒れる。対等な恋愛は、相手が抜けても、寂しいけど、倒れはしない。この違いが、ぜんぶなんだよね。
片持ちから、アーチへ。土台を組み替える手順
仕組みが分かったら、どう変えていくか。相手にもっと縋るのも、無理やり気持ちを冷まそうとするのも、どっちも違うと思うの。やることは、あなた自身の土台を、もう一本、立て直すことなんだよね。
まず、相手以外の柱を、少しずつ増やす
最初にやることは、相手への気持ちを、減らすことじゃないの。あなたの重さを預ける先を、相手一本から、複数に、分散させることなの。
仕事でも、趣味でも、友達でも、何でもいい。彼がいなくても、あなたが夢中になれるもの、あなたを支えてくれる場所を、少しずつ、増やしていく。恋人という一本の柱に集中してた体重を、他のいくつかの柱にも、分けていくの。
そうすると、どうなると思う?彼の既読がつかなくても、そっちに没頭してれば、いちいち崩れなくなる。あなたの建物を支える柱が、増えれば増えるほど、一本が揺らいでも、全体は、どっしり立っていられる。彼が、あなたの世界の全部、じゃなくなるんだよね。
自分で自分を、支えられるようになる
次に、いちばん大事なこと。あなたが、自分自身で、自分に価値を感じられるようになること。
彼に愛されるから価値があるんじゃなくて、彼がどう思おうと、あなたには、もともと価値がある。この感覚を、自分の中に、育てていくの。難しいよ。一朝一夕には、いかない。でも、小さな成功を積んだり、自分の好きなことに打ち込んだりするうちに、じわじわ、自分は一人でも大丈夫、って土台が、できてくる。
自分で自分を支えられるようになると、彼に、私を幸せにして、って要求しなくなる。だって、自分の幸せは、自分で作れるようになるから。相手に丸投げしてた重さを、自分で、持てるようになるの。これができた時、あなたは、もたれる側から、支え合える側へ、変わっていくんだよ。
執着が止まらない、抜け出せないなら、頼っていい
ひとつ、線を引いておくね。
もし、頭では分かってても、どうしても相手への執着が止まらない。離れたいのに離れられない。その人のことで、生活が、まったく回らない。そんな状態が、あまりに苦しく続くなら。それは、あなた一人の意志だけで、なんとかしようとしなくて、いいの。
そういう時は、専門的に支えてくれる場所を、頼っていい。カウンセラーとか、信頼できる人とか。縋りの根っこには、過去の傷が絡んでることも、あるからね。あなたが弱いから、抜け出せないんじゃないの。一人で抱えるには、重すぎるだけ。土台を組み直すのに、誰かの手を借りるのは、ちっとも恥ずかしいことじゃないんだよ。
自分の足で立ってはじめて、橋は架かる
立てるようになってから、寄りかかればいい
順番が、大事なの。対等なアーチ橋を架けるには、まず、二本の石が、それぞれ、自分で立てるようになってなきゃいけない。ぐにゃぐにゃの石を、いくら寄せ合っても、橋にはならないでしょ。
つまり、あなたが自分の足で立てるようになって、はじめて、相手と対等に、寄りかかり合えるの。自立してから寄りかかるのと、立てないまま、もたれかかるのは、まるで違う。前者はアーチ橋になるけど、後者は、片方が抜けたら倒れる、危うい造りにしかならない。
だから、まずは、あなたが立つこと。それが、対等な恋愛の、すべての出発点なんだよね。
あなたが立てば、関係のほうが変わっていく
面白いのはね。あなたが、自分の足で立ち始めると、相手との関係のほうが、勝手に変わっていくことがあるの。
あなたが、彼に縋らなくなる。要求しなくなる。自分の世界を持って、生き生きし始める。すると、彼のほうが、あれ、って、あなたを見る目が変わってくる。もたれかかってくるだけの人じゃなくて、対等に隣に立つ人として、あなたを見るようになるんだよね。重すぎて逃げたくなる相手から、一緒にいたい相手に、変わる。
自分の足で立つことは、彼を手放すことじゃないの。むしろ、彼と、対等な橋を架けるための、たった一つの道なんだよ。
柱にもたれて共倒れした私と、立ってから橋を架けた私
縋る恋愛で崩れ落ちた私と、そこから、対等な恋愛にたどり着いた私。同じ人間の、転落と、立て直しの記録。
一本の柱にしがみついて、共倒れした私
私は、彼っていう一本の柱に、全体重を預けきってた。彼を失うのがこわくて、機嫌をうかがって、言いたいことも我慢して。もっと連絡して、もっと会って、もっと私を安心させて、って、要求ばっかり。自分の重さを、ぜんぶ彼に、背負わせてたの。
彼、最初は受け止めてくれてた。でも、だんだん、重そうな顔をするようになった。ある日、静かに言われたの。ごめん、ちょっと、重い、って。その瞬間、頭が真っ白になって、足元が、がらがらと崩れていく音が、聞こえた気がした。
彼は、離れていった。柱が、抜けたの。私の建物は、跡形もなく、倒れた。しばらく、抜け殻みたいになってたな。ごはんも喉を通らなくて、ただ、彼のいない部屋で、天井を見上げてた。私が、彼を、重りみたいに扱って、共倒れさせたんだよね。あんなに好きだったのに。いや、あれは、好きじゃなかったのかも。
自分の足で立ってから、アーチ橋を架けた私
崩れ落ちた私が、そのあと、どうやって立ち直ったか。
最初は、ただ、自分のために時間を使った。放置してた趣味を、再開した。友達との時間を、大事にした。仕事にも、ちゃんと向き合った。恋人っていう一本の柱に頼らなくても、自分を支えてくれる場所を、少しずつ、増やしていったの。時間は、かかったよ。
そうしてるうちに、じわじわ、変わってきた。彼がいないと生きていけない、って思ってた私が、あれ、一人でも、けっこう楽しいじゃん、って思えるようになってきたの。自分で自分を、支えられるようになってきた。自分の足で、立ててる感覚が、少しずつ、戻ってきた。
それから、新しい人と、出会ったんだよね。今度の私は、もう、しがみつかなかった。彼の既読がつかなくても、自分の世界があるから、いちいち崩れない。会えない時間も、平気で楽しめる。彼を、私を支える柱、としてじゃなくて、対等な一人の人間として、見れるようになってた。
不思議なもので、そうなってから、関係が、すごく穏やかになったの。彼も、私にもたれかかってきて、私も、彼に寄りかかる。でも、どっちも、相手がいなくても立てる。互いに押し合って、なお崩れない。あの、アーチ橋みたいな関係。旅先の夜、隣で眠る彼の寝顔を見ながら、ふと思ったの。ああ、私、やっと、自分の足で立ちながら、誰かと一緒にいられてる、って。胸が、ことんと、静かに満ちた。あの時、共倒れした経験があったから、今があるんだよね。
