彼の友人たちの前で、私は名前を言えなかった
付き合って四か月目の、初めての紹介の席。個室の居酒屋、六人で飲んでた時、順番に自己紹介が回ってきて、私の番になった瞬間、喉が締まりました。
彼の友人は、大手の企画職、外資、自分で店をやっている人。私は当時、契約社員で、事務。言った瞬間の空気を想像したら、声が出なかったんですよ。
結局、なんとか名前と、事務やってます、とだけ。全員、へえ、と笑ってくれた。優しかった。優しかったのに、私はトイレで手を洗いながら鏡を見ていられなかった。
帰り道、彼が、みんないい人だったでしょ、と言った。うん、と返した声が自分でも驚くほど小さくて、彼は気づかなかったふりをしてくれたと思う。
釣り合わないと感じているのは、たいてい片方だけ
後で分かったのは、彼はその場で一度も比較していなかったこと。
私が勝手に採点表を作って、勝手に低い点をつけていた。あの夜の居心地の悪さは、彼の友人が作ったものじゃなくて、私の中の審査員が作ったものでした。
釣り合わない恋愛の実態って、たいていこれなんですよ。二人の間に差があるというより、片方だけが差を測り続けている状態。
釣り合わないと感じるものの正体
比べているのは相手ではなく、想像上の理想の相手
私が本当に比べていたのは、彼の元カノでも、その場にいた誰かでもない。
彼にふさわしいと私が思い込んでいる、存在しない女性です。
綺麗で、話が面白くて、キャリアがあって、彼の友人とも自然に喋れる人。そんな人はどこにもいないのに、頭の中では毎晩隣に座っている。
勝てるわけがないでしょ。相手が架空なんだから。
見た目の差は、時間が経つと順位が入れ替わる
見た目で釣り合わないと感じているケース、多いですよね。
私の友人は、彼氏がかなり整った顔立ちで、街を歩くたびに視線を感じるのが苦痛だったそう。私なんかが隣にいていいのか、と毎回思っていた。
三年後、彼女はこう言いました。今はもう、顔の話をしなくなった。それより、あの人が休日にひたすら喋るのがうるさい、と。
慣れって恐ろしい。見た目の差は、日常が積み上がると急速に薄まります。逆に、生活の癖のほうが後から効いてくる。
収入や学歴の差は、金額そのものより扱い方に出る
これは薄まりません。むしろ、深くなる場面がある。
差そのものより、どちらかがそれを話題に使い始めた時に問題化します。
おごってあげてるんだから、という言い方が一度でも出たら、それは差ではなく上下です。逆に、自分が払えないことを何度も謝る側も、関係に上下を持ち込んでいることになる。
私は後者でした。彼が出してくれるたびに、ごめんね、を言い続けた。ある日彼が、その謝罪、けっこうきついよ、と言ったんです。
あの時は意味が分からなかった。今は分かる。謝られるたびに、彼は自分が優位に立っていると突きつけられていたわけです。
会話の内容が合わないと、差を実感しやすい
彼の友人たちが話す話題に入れない。何を言っているのか分からない。相槌を打つだけの時間。
知識の差は、実は一番埋めやすい部分です。調べればいい。聞けばいい。
きついのは、聞けない空気のほうでしょ。それ何?と言えない関係になっていることが問題であって、知らないこと自体は問題じゃない。
釣り合わないと思い込んだ私が、実際にやらかしたこと
謝る癖が、彼を追い詰めていた
先に書いた、ごめんねの多用。あれ、想像以上に破壊力がありました。
私が謝る。彼が、気にしないでと言う。私がまた謝る。この往復を、たぶん半年やった。
彼から見ると、何度言っても伝わらない状態です。優しさが機能しない相手といるのって、けっこう消耗するんですよ。
ある夜、彼が疲れた顔で言いました。俺、そんなに怖い?
リビングの空気が止まった。私は膝の上で手を握ったまま、何も言えなかった。
自分を下げることで、先に予防線を張っていた
私、こんなだからさ。私なんかと一緒にいて楽しい?
言っていたのは、確認じゃなくて予防です。先に自分を下げておけば、いつか捨てられた時にダメージが小さい。無意識にそういう計算をしていた。
最低でしょ、これ。相手の気持ちを信じていないと宣言しているのと同じなんだから。
相手に合わせて、自分の話を全部削った
彼の趣味に全力で合わせました。彼の好きな映画を全部観て、彼の行く店を覚えて、彼の友人の話題についていけるように予習した。
そして、自分の話を一切しなくなった。
私が毎週通っていた場所も、好きな作家も、地元の話も。つまらないと思われるのが怖かったから、全部引っ込めた。
一年後、彼に言われました。君のこと、あんまり知らない気がする。
そりゃそうだ。見せてないんだから。釣り合おうとして自分を消したら、釣り合うどころか、そこに誰もいなくなっていたわけです。
続いている二人が、実際にやっていること
差を、埋めるのではなく置いておく
うまくいっているカップルを何組か見てきて、共通していたのがこれ。
差をなかったことにしない。かといって、埋めようともしない。ただ、そこにあるものとして扱っている。
年収が三倍違う友人夫婦は、家計を完全に別にした上で、共同の口座に同じ割合を入れる方式にしていました。金額は違う。割合は同じ。この設計で、どちらも引け目を感じなくなったそう。
仕組みで解決できる差は、感情で処理しないほうが早い。
それぞれが自分の領域を持っている
片方が全部を提供する関係は、必ず傾きます。
釣り合っている二人は、同じ土俵で競っていません。彼はこれが強い、彼女はここが強い、と土俵が違うから比較が起きない。
私の知人カップルは、彼が経営者で彼女が保育士。年収は比べようがない。でも彼女は、子どもの扱いに関して彼が絶対に敵わない領域を持っている。彼が彼女に相談する場面が、実際にある。
一方通行の関係に、上下は必ず生まれます。逆流が一本でもあれば、崩れにくい。
比べる相手を、外に置かない
SNSを見て、他のカップルと自分たちを比べる。あれ、劣等感の最大の供給源です。
私は一時期、彼の元カノのアカウントを探したことがあります。見つけて、写真を見て、何時間も画面をスクロールした。
得たものはゼロ。減ったのは自尊心と睡眠時間だけ。マジで何やってたんだろう(泣)
私が引け目を手放した、具体的なきっかけ
彼が私に相談してきた日
転機は、付き合って一年半の頃。
彼が仕事のことで落ち込んで、私に話してきたんです。判断に迷っていて、意見を聞かせてほしいと。
私は、自分の考えを普通に言いました。専門知識のない、生活の目線からの話。
彼が、ああ、そういう見方があるのか、と言った瞬間、胸の奥がじんとした。あの時、初めて自分が対等な位置にいると実感できたんですよ。
釣り合いって、条件の一致じゃない。相手の中で機能している実感のことなんだと思う。
自分の生活を、彼に合わせて縮めるのをやめた
削っていた自分の話を、少しずつ戻しました。
地元の話をした。好きな作家の話をした。彼が知らない世界の話を、初めてこちらから提供した。
彼、けっこう食いついたんですよ。知らない話を聞ける相手として、私が機能した瞬間があった。
つまらないと思われるのが怖くて隠していたものが、実は一番の持ち札だったという。何年も損してたわ。
差を認めた上で、こちらから条件を出した
最後にやったのが、これ。
私は、食事は自分の払える範囲の店にしたい、と伝えました。彼が出すのを断ったわけじゃない。私が選ぶ日は、私の基準で選ぶ、という取り決め。
月に一度、私が選んだ千円台の定食屋に彼を連れて行くようになりました。彼、あそこの唐揚げがいたく気に入って、今でもたまに行きたがる。
金額の差は消えていません。ただ、選ぶ権利をこちらも持ったことで、上下の感覚が消えたよ。
