三時間、彼の話を聞いて帰った夜
居酒屋のカウンター。
二十時に集合して、二十三時に解散。
その三時間で、わたしが喋った時間はたぶん十分もない。
仕事で成果を出した話。上司に評価された話。前の会社での武勇伝。
相槌のバリエーションが尽きて、すごいね、と、そうなんだ、を交互に出してた。
帰りの電車。
窓に映った自分の顔が、ものすごく疲れてた。目の下が落ちくぼんで、口角が下がってる。
何も話してないのに、なんでこんなに消耗してるんだろう
つり革を持つ腕が、やたら重かった。
なぜ、あんなに疲れるのか
会話が、採点作業に変わっている
彼らと話すとき、こっちは聞き手じゃなくて審査員をやらされてる。
話すたびに、評価を求められる。
すごいね、と言うまで終わらない。
言い方も選ばないといけないの。
薄いリアクションだと、機嫌が悪くなる。
毎回、適切な賞賛を探して脳を回してる。そりゃ疲れるでしょ。
こっちの話が、彼の話に接続される
一番イラッとするのがここ。
仕事が大変だった、と言うと、俺なんてもっと、が始まる。
旅行が楽しかった、と言うと、俺が前に行ったときは、に持っていかれる。
話題を渡したはずが、いつのまにか奪われてる。
何度か試して、諦める。そして自分の話をしなくなる。
その時点で、会話じゃなくて発表会。
否定すると、機嫌が壊れる
軽く意見を言っただけで、空気が変わる。
それは違うんじゃない、と言った瞬間、ムッとした顔になる。
だから言わなくなる。
言わないと決めた時点で、その関係は対等じゃない。
気を遣ってる側だけが、じわじわ削られていく。
満たされることが、ない
一番の問題がこれ。
褒めても、終わらないの。
一回褒めれば満足するなら、まだいい。
彼らの中の穴は埋まらないから、次の賞賛を求めてくる。
昨日褒めたことは、今日にはリセットされてる。
永遠に供給し続ける役を割り当てられてるって、そりゃ苦しいよ。
半年、褒め続けて枯れた話
優しくすれば落ち着くと思っていた
最初、わたしはこう考えてた。
彼は自信がないだけ。安心させてあげれば、この話し方も変わるはず。
だから、たくさん褒めた。
すごい、さすが、そんな人いないよ。
言葉を尽くして、彼の話を全部受け止めた。
半年やった。
結果、彼の話す量は増えた。要求される賞賛の強度も上がった。
すごいね、では反応が薄くなって、もっと具体的に褒めないと満足しなくなった。
自分の話が、一言も出なくなっていた
気づいたのは、友達に言われた一言。
「最近、あんたの話を聞いてない気がする」
は?と思って、思い返した。
本当だった。
彼の話をするばかりで、自分がどう過ごしてるかを話してない。
彼といる時間だけじゃなく、いない時間まで彼に浸食されてた。
自分の中に、報告したいことが一つも残ってなかったの。それが一番ぞっとした。
限界は、意外と静かに来た
別れを決めたのは、彼が悪いことをしたからじゃない。
ある日曜の昼、スマホに彼の名前が出た瞬間、体が動かなかった。
出たくない、じゃなくて、出られない。
腕が持ち上がらなかった。
着信音が鳴りやんで、部屋が静かになったとき、肩の力が抜けたのを覚えてる。
その感覚が答えだった。
好きとか嫌いより先に、体が拒否してた。
承認欲求の強さは、直らない前提で考える
指摘しても、被害者になるだけ
言えばわかってくれるかも、と思うでしょ。
言った。実際に。
たまにはわたしの話も聞いてほしい、と。
返ってきたのは、
「俺の話、つまらないってこと?」
そこから三十分、彼がいかに周りに理解されてこなかったかの話を聞かされた。
指摘が、新しい承認要求の材料に変換されたわけ。
このループから抜けるのは、話し合いでは無理だと悟った。
変わるとしたら、こっちの働きかけではない
炎上覚悟で言い切る。
承認欲求の強さは、恋人の努力では変わらない。
根っこにあるのは、その人が長い時間かけて作ってきた自己評価の穴。
親との関係だったり、過去の挫折だったり。
そこに恋人が一人で対処するのは、無理。
支えれば変わると信じて時間を使うのは、優しさじゃなくて過信だと思ってる。
自分を消耗させながら他人を治そうとするのは、たいてい失敗する。
賞賛の供給を止めると、離れていく
これは実感として書いておく。
褒めるのをやめた途端、彼らの態度は変わる。
機嫌が悪くなるか、別の供給源を探しに行くか。
つまり、こっちが提供してた賞賛が、関係の接着剤だったってこと。
その事実に気づくと、けっこう冷める。
必要とされてたのは、わたしじゃなくて、拍手だった。
疲れる関係から、どう抜けるか
反応の量を、少しずつ落とす
急に態度を変えると揉めるから、段階的にやる。
すごい、を、へえ、に変える。
質問を返すのをやめる。
話を広げる材料を出さなくなると、会話の熱量が自然に下がっていく。
向こうから離れていくことも多い。
それでいいの。喧嘩せずに終わるなら、それが一番楽。
会う頻度を、先に減らす
関係を切るかどうか決める前に、距離を取ってみて。
週二回を、隔週に。
会わない期間に、自分がどう感じるか。
寂しいなら、まだ何かある。
楽になったなら、答えは出てる。
体の反応は、頭より正直だから。
自分の話をする相手を、別に持つ
これ、けっこう大事。
彼といる間に話せない分、他の場所で話す機会を作っておく。
友達でも家族でもいい。
自分の話を聞いてもらえる時間があると、彼といるときの消耗が可視化される。
比べる対象がないと、疲れてることにすら気づけないから。
それでも、全部を否定はしない
承認を求めること自体は、誰にでもある
認められたい気持ちは、誰の中にもある。
わたしにもあるし、たぶんあなたにもある。
問題は、その量と、相手を選ぶかどうか。
特定の一人に全部を背負わせる人が、しんどいの。
仕事でも趣味でも友人関係でも、供給源を分散できてる人なら、恋人が疲弊することはない。
付き合う価値があるか、判定する基準
見るのは一点だけ。
こっちの話を、遮らずに最後まで聞く場面があるか。
一回もないなら、その関係は続けても消耗が増える。
たまにでもあるなら、まだ対話が成立する余地がある。
褒めてほしがること自体は、致命傷じゃないの。
致命傷は、聞く能力がないこと。
そこを見誤ると、優しい人だからと思って何年も消耗することになる。
疲れる、という感覚を軽く扱わない
一緒にいて疲れる相手とは、続かない。
どれだけ条件が良くても、悪い人じゃなくても。
好きかどうかより先に、その人といた後の自分の状態を見て。
話し終わった後に元気になってるか、空っぽになってるか。
その差は、時間が経つほど大きくなっていくからね。
