盛り塩の小皿、ローズクォーツのブレスレット、黄色い長財布、セージの浄化スプレー。
レシートを並べて電卓を叩いたら、合計3万4千円だった。
どれも、夫が運んでくる悪い運を跳ね返したくて買ったもの。
それなのに、あの頃の暮らしはこれっぽっちも軽くならなかった。
運気を下げる旦那は、いる。
ここは遠慮なく言い切っていい。
ただし原因は、生まれ持った星回りでも、夫婦の相性でもない。
夫が毎日こぼす言葉や態度が、妻の手から少しずつ何かを持ち去っていく。
その何かが見えた時、わたしはようやく、塩を買い足すのをやめられたのだ。
運気を下げる旦那の特徴は、妻から奪っていくもので見分ける
お金と眠りが、音もなく痩せていく
運を下げる夫と聞くと、ギャンブルや借金みたいなわかりやすい悪役を思い浮かべがち。
もちろん、それは堂々と特徴に入れていい。
厄介なのは、もっと地味な削られ方のほうなのよね。
夫がコンビニで毎日なんとなく使う千円。
家計簿をつけるたび、わたしの口から漏れるため息。
隣の布団で夜中まで鳴り続ける、ゲームのピコピコ音だってそう。
一つひとつは、目くじらを立てるほどのことじゃない。
けれど1年ぶん積もると、財布も睡眠も見覚えがないほど痩せている。
毎晩あの音を聞かされたら、そりゃ眠りも浅くなるっしょ。
ぼんやりした頭に、いい判断は降りてこない。
運が落ちたように見える日々の半分は、じつは寝不足のしわざだったりする。
妻が途中で話を引っこめるようになる
次に振り返ってほしいのは、会話の量じゃなく、途中でやめた話の数。
今日ね、職場でこんなことがあって、と言いかける。
夫の眉間のしわを見て、そのまま口を閉じる。
否定されるか、茶化されるか、スマホを見ながらの生返事か。
その予想が当たり続けるうちに、妻は家で声を出さなくなる。
家で黙ることに慣れた人は、外でも小さくなってしまう。
職場の会議で手を挙げない。友達の誘いを断る。気になっていた店ののれんをくぐらない。
運は、そういう小さなのれんの奥に転がってるもの。
閉じこもったぶんだけ、拾える数は目減りしていく一方。
いちばん運を削るのは、妻のやってみたいを笑う夫
妻の挑戦を鼻で笑う夫は、ギャンブル好きの夫より運を削る。
すった金はいつか取り返せても、笑われてしまいこんだ夢は二度と戻ってこないから。
うちの場合、それは結婚7年目の冬だった。
ハンドメイドのピアスをネットで売ってみたい、と打ち明けた夜。
夫はバラエティ番組から目を離さないまま、フンと鼻を鳴らした。
「そんなの趣味で終わるって。材料費で赤字でしょ」
テレビの笑い声だけが、妙に大きく部屋に響いてた。
握っていたマグカップの取っ手が、手のひらの汗でじっとり湿っていく。
翌朝、ピアスのデザイン帳は、クローゼットの奥の紙袋に押しこんだ。
わたしのくじが一枚、目の前でびりっと破られた音がした。
占い師に下げ男と言われて、開運グッズに3万円を溶かした話
盛り塩と天然石で、夫ごと浄化しようとした日々
不運が続きだしたのは、結婚8年目の春から。
肌荒れが治らない。夜中の2時に目が覚める。駐車場の柱で、車の左側をこすった。
極めつけは、財布を丸ごと落としたこと。
交番で紛失届を書くあいだ、ペン先が揺れて字が枠からはみ出した。
その帰り道、気づけば駅ビルの占いコーナーの丸椅子に腰かけてた。
20分で3000円。
紫のカーテンの奥で、占い師は夫の生年月日を書きつけ、そっとペンを置いた。
「ご主人、あなたの運を下げるタイプの方ですね」
ネットでよく見かける、いわゆる下げ男ってやつだ。
その瞬間、背中に入っていた力が、ふにゃっと抜けていく。
やっぱり。わたしのせいじゃなかったんだ。
帰りの電車では、その二つの言葉を呪文みたいに唱えっぱなし。
そこからのわたしは、とにかく早かったよ。
玄関には盛り塩。寝室のベッドは向きごと変えた。
両手首には、ローズクォーツと水晶のブレスレットを重ねづけ。
なくした財布の代わりに、金運にいいと噂の黄色い長財布も買った。
夫の脱ぎっぱなしの靴下にまで、セージのスプレーを吹きかける始末。
(今思うと、完全にどうかしてた)
開運グッズが効かなかった、身もふたもない理由
ある晩、飲み会帰りの夫が、玄関の盛り塩を小皿ごと蹴飛ばした。
ガチャンという音と、タイルに散らばる白い粒。
「なんだよこれ、邪魔くせぇ」
夫はそれだけ言うと、塩を踏んだまま寝室へ消えていった。
はぁ…しゃがんで塩をかき集めているうちに、突然おかしくなってきてさ。
笑ってるのか泣いてるのか、自分でもよくわからない(泣)
わたしが必死に整えていたのは、家の空気だった。
でも毒を吐き出し続けていたのは、夫の口と態度。
雨漏りの真下で、せっせと香水を振りまいていたようなものよ。
香りでごまかせるのは一瞬だけで、床板はその間も静かに腐っていく。
盛り塩で、夫のため息は浄化できない。
結局、3万4千円ぶんのグッズは、今も押し入れの段ボールで眠ってる。
運のいい悪いを分けるのは、くじを引く回数
夫の口ぐせを2週間メモして見えたこと
占いから足を洗ったわたしが次に始めたのは、地味すぎる記録。
手帳の端に、正の字を書くだけなんだけどさ。
夫が否定的な言葉を口にするたびに、一本ずつ線を足していく。
どうせ、無理、最悪、めんどくせぇ、で、それいくらになるの。
結果は、平日で1日平均14回。
休日になると、ほぼ倍ときた。
同じ手帳には、自分が寝つくまでの時間もメモしてた。
2週間ぶんを見比べて、ページを押さえる指に思わず力が入る。
夫の正の字が多い日ほど、わたしは布団の中で天井のシミを数える時間が長い。
翌日は受付で会計を打ち間違えて、帰れば娘にとげとげしい声を出す。
で、その夜もまた眠れない…の繰り返し。
運が悪い日って、空から降ってくるものじゃなかった。
夫のひと言から始まる、ドミノ倒しだったわけで。
運がいい人は、外れても次のくじに手を伸ばせる人
記録をつけるうちに、運というものの見え方がひっくり返った。
運がいい人は、生まれつき何かに守られている人じゃない。
くじを引く回数が多くて、外れても次に手を伸ばせる人のこと。
新しい仕事に応募する。会いたい人に連絡する。小さなお店を始めてみる。
その一枚一枚を、ためらわずに引ける気力が残っている人。
だとしたら、運気を下げる旦那が何をしているのかも、はっきりするよね。
運気を吸い取る夫、なんて言い方もある。
でも吸われているのは運じゃなく、妻の気力のほう。
気力が減れば、くじに伸ばす手はどんどん重たくなる。
ひどい時には、引く前のくじを取り上げて、丸めてゴミ箱へ放りこむ。
霊感も相性も関係ない、ごく現実的な話。
逆に言えば、くじを守る方法さえ見つかれば、運はこっちに引き戻せる。
娘のどうせ無理を聞いた夜、我慢をやめた
口ぐせは、夕飯の湯気と一緒に子どもへうつる
記録を始めてひと月ほどたった、2月の夕飯どき。
音楽会のピアノ伴奏、立候補してみたら、と何気なく娘に声をかけた。
10歳の娘は、味噌汁をすすりながら答える。
「どうせ無理だし。やるだけムダじゃん」
箸を持つ手が、ピタッと止まった。
(待って、それ、パパの言い方そのまま…)
語尾の投げやりな落とし方まで、夫にそっくりだったから。
テーブルの端では、夫が何も気づかずにスマホをスクロールしてる。
まさか娘の口から、あの響きを聞く日が来るなんて。
湯気の向こうの娘の顔に、夫の顔がうっすら重なって見えて、背筋がヒヤッとする。
口ぐせは、花粉みたいに家じゅうを舞っている。
大人なら、くしゃみ程度で済む。
でも子どもは、吸いこんだ言葉を丸ごと自分のものにしてしまう。
わたしが我慢でやり過ごしてきたものは、娘のくじまで破りはじめてた。
その夜、布団の中で決めたの。
運のせいにして黙るのは、もうおしまい。
40年耐えた叔母が、法事の席でこぼした本音
あの夜の決心には、伏線がひとつある。
前の年の秋、祖母の七回忌で、母の姉にあたる叔母と並んで座っていた時のこと。
叔母は72歳。
若い頃は、小さな喫茶店を開くのが夢だったらしい。
叔父に、女が店なんて続くわけない、と笑われたのが最後。
それきり、その話は一度も口にしなかったんだとか。
あの人と一緒になってから、ずっと運がなかったわ。
湯のみを両手で包んだまま、叔母はそうつぶやいて、親指で縁をなぞる。
「でもね、運のせいにしてたら、何も選ばないまま72になっちゃった」
あの時の叔母の口もとに刻まれた深いしわから、しばらく目が離せなかった。
40年分の我慢は、叔母に何ひとつ返してくれなかったんだなあ。
我慢を重ねた先に、開運は待っていない。
待っているのは、選ばずに過ぎた年月の長い影だけ。
運気を下げる旦那と暮らしながら、自分の運を守り抜くコツ
育てたい夢は、芽が出るまで夫に見せない
真っ先にやめたのは、夫への事前報告。
それまでのわたしは、何か始める前に必ず夫の意見をうかがってた。
反対されるとわかっているのに、まるで許可を求める子ども。
夢は、種に似てる。
土から顔を出す前に踏まれたら、それっきり。
クローゼットの紙袋からデザイン帳を引っぱり出して、何も言わずにショップを開いた。
写真は娘が寝たあとのダイニングテーブルで撮り、発送は昼休みに郵便局へ走る。
最初の1か月で売れたのは、たった3組。
それでも、スマホに注文の通知が来た時は、心臓がトクンと跳ねた。
ひとりで小さくガッツポーズまでしちゃったし!
夫に見せたのは、半年後。
売上の画面を差し出すと、夫は数秒固まって、へえ、とだけ漏らす。
笑われなかった。
それだけで、肩の荷がすとんと下りた気がした。
くじは、破られない場所でこっそり引けばいい。
夫の不機嫌が届かない、自分だけの温室をつくる
くじを引く気力そのものを守るには、夫の口ぐせから物理的に距離をとる時間もいる。
わたしの温室は、朝5時からの1時間。
家族の寝息しか聞こえない薄暗がりで、コーヒーを淹れて、ピアスの金具をつまむ。
舌打ちも、ニュースへの文句も、ここには入ってこない。
最初の1週間は、眠くてマジで死にそうだった(笑)
それが2週目あたりから、週末に夫のため息を聞いても、前ほど胃がきゅっと縮まらない。
気力を貯めておくタンクが、もう一本増えた感覚。
時間帯も場所も、何だっていい。
スーパーの駐車場に停めた車の中の15分でも、週1回のひとり銭湯でも。
夫の機嫌の電波が圏外になる場所を、どこかに一か所だけ持っておくこと。
直してほしい口ぐせは、ひとつだけ指名する
全部を変えてもらおうとすると、夫は殻にこもって、話が一歩も進まなくなる。
わたしが頼んだのは、一点だけ。
娘の前でだけは、どうせ、を言わないでほしい。
娘の夕飯の話をすると、夫は缶ビールを宙に浮かせたまま、木目を見つめてた。
それから、ボソッと、俺そんなに言ってる?と聞き返してくる。
手帳の正の字を見せたら、苦笑いしながら頭をがしがしかいてた。
意外と、怒らなかったんだよね。
次の日から、夫のどうせはじりじり減っていった。
それでも、ときどき口がすべる。
すかさず娘が、あ、パパ今どうせって言った、と指をさす。
いつの間にか、それが食卓のちょっとしたゲームになってる。
文句を山ほど浴びせるより、お願いを一個に絞って、子どもの話を添える。
夫の耳には、そのほうがずっと届きやすかったみたい。
離婚したら運気は上がるのか
開けたんじゃない、奪われていたくじが戻っただけ
運気を下げる旦那、で検索すると、離婚して運が好転した体験談がずらりと出てくる。
パート仲間のユキエさんも、そのひとり。
元夫は消費者金融に300万円の借金があって、見つかるたびに嘘を上塗りしたそう。
離婚後は子ども2人と小さなアパートへ移り、介護の資格をとって、今は正社員。
でも本人は、離婚で運が上がったとは思ってない、と首を横にふる。
お金も時間も、やっと自分のものに戻ってきただけなんだって。
わたしも、離婚イコール開運という話には乗らない。
ユキエさんは、元夫に押さえられていたくじを、自分の手で引けるようになった。
変化は、それに尽きる。
