好きな人ができたのに、私は誘いを断った
金曜の夜、22時。相手からLINEが届きました。今週末どこか行かない?
画面を見た瞬間、私の指は止まった。行きたい気持ちは確かにある。なのに、頭の中でいきなり計算が始まったんですよ。
何を着るか。どこで待ち合わせるか。会話は続くか。前髪を切りに行かなきゃ。日曜に予定を入れたら月曜がしんどい。
気づいたら、まだ会ってもいないのにため息が出ていました。はぁ…。
結局、送ったのは、ごめん今週ちょっとバタバタしてて、という嘘。既読がついた通知を見ないように、スマホを裏返して伏せた。あの夜のことは、今でもたまに思い出します。
断った直後にやってきた、変な安堵
不思議なもので、断った瞬間、肩がすとんと落ちました。
胸のあたりが軽くなって、コンビニのアイスを買いに行った。ソファに沈んで、録画したままだった番組を三本見た。誰の顔色も見なくていい時間。
好きな人と会えるチャンスを潰したのに、私は明らかにほっとしていたわけです。この矛盾に自分でも混乱した。
恋愛したくないんじゃない。恋愛にくっついてくる作業が嫌なんだと気づくまで、そこからさらに一年かかりました。
めんどくさいの正体は、恋愛そのものじゃない
好きになるまでは楽しい。付き合った先が重い
気になる人ができてドキドキする。連絡が来て嬉しい。この段階を面倒だと感じる人は、実はそんなに多くない。
のしかかってくるのは、その先。定期的に会う義務、返信の速度、記念日、相手の家族、将来の話。付き合うという言葉に紐づいた運用コストのほうなんですよ。
恋愛感情が枯れたのではなく、恋愛の運用に疲れている。この区別をつけないまま、私は自分を恋愛不適合者だと思い込んでいました。
相手に合わせるスイッチが、勝手に入る
私の場合、原因ははっきりしていました。誰かと一緒にいると、無意識に相手仕様の自分が起動する。
相手が食べたそうな店を選ぶ。相手が疲れていそうなら早めに切り上げる。相手の返信が遅い理由を勝手に推測して、勝手に落ち込む。
この演算を四六時中まわしていたら、そりゃ電池が切れる。めんどくさいの中身は、相手ではなく自分の稼働率だった。気づいた時は、笑うしかなかったわ。
失敗の記憶が、先回りして値札をつけてくる
過去に痛い目を見た人ほど、恋の入り口で見積もりを出します。
どうせまた同じことになる。前も三か月で会話が減った。別れ話であんなに消耗した。始める前から、終わりのコストを計算してしまう。
これは臆病さではなく、学習です。ただ、学習した内容が、次の相手にも当てはまるとは限らない。私はここで五年ぶん損しました。
ひとりの生活が、想像以上に完成している
そして最大の理由がこれ。
仕事があって、通える店があって、休日の過ごし方が確立している。冷蔵庫の中身も、寝る時間も、全部自分で決められる。
そこに誰かを入れるということは、完成した部屋の家具を動かすということです。動かす理由が弱ければ、動かさない。当然でしょ。
恋愛が魅力を失ったんじゃなくて、ひとりの生活が強くなりすぎたんですよ。
めんどくさいと感じる人が、実際に抱えている本音
嫌われるのが怖い、を裏返すとこうなる
私の友人は、三年間まったく恋愛をしていませんでした。理由を聞いたら、めんどくさいから、の一点張り。
飲みの席でようやく出てきた本音は、別のものでした。付き合ったら、また私が悪いって言われる気がして。
めんどくさいという言葉は、便利な蓋なんですよ。傷つきたくない、自信がない、期待して裏切られたくない。全部この一言で覆える。
彼女が泣いた夜、私は蓋を開けさせるべきだったのか、今でもよく分からない。
やりたくない、と、やれる気がしない、は別物
本当に恋愛に興味がない人は、悩みません。
めんどくさいと言いながら検索している時点で、そこには引っかかりがある。完全に興味がなければ、こんな言葉を打ち込まないでしょ。
めんどくさいの下に、やってみたいけど自信がない、が埋まっているケースは相当多いと感じています。
誰かに管理される感覚が受けつけない
これは私の核心部分。
今どこ?と聞かれるのが苦手でした。悪意がないのは分かる。それでも、行動を報告する関係に入った瞬間、息が浅くなる。
束縛が嫌というより、自分の時間の所有権を渡す感じが受けつけなかった。ここを言語化できてから、私は相手選びの基準を全部書き換えました。
私が三年の休止期間を経て、やり方を変えた話
恋愛をやめた三年で、何が起きたか
二十代後半、私は完全に恋愛から離れました。
アプリを消して、合コンを断って、紹介の話も全部流した。最初の一年は快適そのもの。休日の予定を誰にも報告しなくていい生活は、想像以上に軽かった。
崩れ始めたのは二年目の冬。夜、部屋の電気を消して布団に入った時に、天井を見ながら考えてしまうんですよ。このまま誰の生活とも交わらずに歳を取るのか、と。
寂しいとは思わなかった。ただ、自分の話を最後まで聞いてもらった記憶が、いつのものか思い出せなかった。
復帰して最初に決めた、たった一つのルール
戻る時に決めたのは、無理をしないという曖昧なものじゃありません。
返信は自分のペースでする。これだけ。
今までの私は、五分以内に返さないと相手が不安になると思い込んでいました。だから通知が来るたびに手が止まって、仕事中もそわそわして、その疲労を恋愛のせいにしていた。
最初のデートの帰り道に、私は言いました。返信、遅いかもしれないけど、気持ちの問題じゃないから。
返ってきた答えは、了解、俺も遅いから気にしないで。あっけない。何年も抱えていた重りが、一往復のやりとりで消えたわけです。
先に条件を出す女は面倒だと言われた日
とはいえ、うまくいった話ばかりではありません。
別の相手には、そういうのを最初に決めるの、なんか重くない?と笑われました。カフェの椅子の背もたれに、思わず体が沈んだ。顔の温度が上がって、水のグラスばかり見ていた記憶がある。
帰ってから泣きました。やっぱり私がおかしいのかな、と。
今は違う受け取り方をしています。あの人は、こちらのペースに合わせる気がなかっただけ。条件を出したから振られたんじゃなく、条件が合わない人だと早い段階で判明しただけの話。
めんどくさがりの私にとって、あれは最高に効率のいい結果でした。
めんどくさいまま恋愛する方法は、ちゃんとある
頻度を先に握る
週に一度会う、が標準だと誰が決めたのか。
私は今、月に二、三回のペースで四年目です。相手も同じくらいの温度だったから成立した。会う回数が愛情の証明になる関係を、私は最初から選ばなかった。
ここを曖昧にしたまま始めると、後から不満の温床になります。だから、二回目か三回目のデートで頻度の話をするようにしました。重いと思われる確率と、後で疲弊する確率を天秤にかけたら、答えは明白でしょ。
連絡の性質を、最初に共有する
毎日連絡を取りたい人と、用がある時だけの人。ここの不一致が、めんどくさいの発生源のトップです。
私はスタンプ一個で終わる関係が好き。おはようを毎朝送る文化には、どうしても馴染めなかった。
今の相手とは、既読だけついて数日流れることがあります。それで揉めない。この静かさを手に入れるまでに、どれだけ遠回りしたことか。
ひとりの時間を、交渉の対象にしない
土曜の午前中は誰にも渡さない。私はこれを守っています。
恋人ができると、自分の時間を差し出すのが当然という空気になる。あの空気に、私は一度飲み込まれた経験がある。差し出した結果、相手を好きなまま嫌いになりかけました。
守る時間を先に確保しておくと、残りの時間で相手に会うことが義務ではなく選択になる。同じ回数会っていても、心の減り方がまるで違うんですよ。
それでも動きたくない時期は、動かなくていい
今がその時期じゃない、という判断は正しい
恋愛を休むことに、罪悪感を持つ必要はまったくない。
仕事の山場、家族の問題、体調の不調。人生には、誰かを大事にする余力が出ない時期が確実にあります。その状態で無理に始めると、相手にも自分にも粗い扱いをすることになる。
私の三年間は、逃げた期間だと思っていました。でも今振り返ると、あの空白がなければ返信の速度の話を切り出す度胸は出なかった。休んだから、次のやり方を発明できたわけです。
周りの結婚報告で焦った時にやったこと
二十九歳の秋、同期の結婚式が三件続きました。
式場でスピーチを聞きながら、拍手をしている自分の手をぼんやり見ていた。帰りの電車で、めんどくさいって言い続けてきたツケが回ってきたのかも、と思ったんだよね。
その夜にやったのは、婚活アプリの登録ではありません。ノートに、自分が本当に嫌なことを二十個書き出しました。
出てきたのは、毎日の連絡、休日を全部埋められること、家族との頻繁な集まり。逆に、平気なことも見えた。長期の予定を共有すること、お金の話をすること、生活の一部を重ねること。
恋愛全体を拒否していたわけじゃなかった。嫌な項目は、リストにすると三つしかなかったんです。あの発見で、視界が一気に開けた。
めんどくさいと言い続ける自分を、責めない
最後にひとつ。
めんどくさいと感じるのは、感受性が鈍いからでも、冷たいからでもない。相手に対して手を抜けない人ほど、始める前から疲れます。適当に付き合える人は、そもそも面倒だと感じない。
私は今も、デートの前日に少しだけ気が重くなります。四年目でも変わらない。それでも会いに行くのは、会った後に必ず、行ってよかったと感じるから。
面倒だという気持ちと、会いたい気持ちは、同時に存在していい。どちらかを消す必要はどこにもないんですよ。
