生理的に無理な顔はなぜ生まれる?その正体と、変わる可能性のある話

  • URLをコピーしました!
目次

いい人だった。それでも私の体は拒否した

紹介で会った人がいました。二十代の終わり、友人の結婚式の二次会で知り合った男性。
条件は文句なし。話も面白い。私が話したことを覚えていてくれるし、店員さんへの態度も丁寧。
三回目のデートの帰り道、彼が手を握ろうとした瞬間、私の腕が勝手に引っ込みました。
自分でも驚いた。頭は、この人いい人じゃん、と言っている。なのに体は完全に別の判断を下していたわけです。
その夜、部屋に帰って洗面所で顔を洗いながら、鏡の中の自分に問い詰めた。何が嫌なの?どこが?答えは出なかった。ただ、あの手を握られると思っただけで、背中がぞわっとしたのは事実でした。

理由を説明できないことに、いちばん罪悪感がある

きつかったのは、断る理由が言えないこと。
性格が悪いわけじゃない。何かされたわけでもない。条件も申し分ない。
なのに無理。この状態を人に話すと、贅沢だとか、面食いだとか言われる。私も自分でそう思っていました。私が浅いだけなんじゃないかって。
生理的に無理という言葉を使う人が抱えているのは、たいてい相手への嫌悪より、説明できない自分への後ろめたさなんですよ。

顔が受けつけない、その反応がどこから来ているのか

顔だけを見ているわけではない、という話

まず、これを外したくない。
生理的に無理な顔と表現されるものの中身を分解すると、純粋な造形だけが理由になっているケースは少ない。
表情の動き方、目線の置き方、話す時の口元、笑うタイミング。顔という言葉に、動きの情報が全部含まれている。
私が受けつけなかったあの人も、造形は整っていました。引っかかっていたのは、笑う時に目が動かないこと。口だけが上がって、目がこちらを観察したままだった。
あれを言語化できたのは、実は二年後です。当時は、なんか無理、としか思えなかった。

過去の記憶が、勝手に重ねられている

これがけっこう大きい。
過去に嫌な思いをさせられた相手と、どこかが似ている。声のトーン、輪郭、髪型、話し方の癖。
本人は自覚していません。だって、顔のパーツと記憶の照合なんて、意識の下でやっている作業だから。
友人の話。ある男性がどうしても無理で、理由が分からなかった。数か月後、中学時代にひどいことを言ってきた同級生に眉の形がそっくりだと気づいた。気づいた瞬間、腹が立つやら情けないやらで泣いたそうです。
関係ない人に、過去のツケを払わせていたわけだから。

清潔感という曖昧な言葉の中身

生理的に無理の相当数は、造形ではなくここに集約されます。
爪、髪の生え際、シャツの襟、口元。この四か所が、判断の八割を握っていると私は思っている。
残酷な話をすると、造形は変えられなくても、この四つは変わります。実際に、印象が半年で別人になった知人を見たことがある。
だから、顔が無理と言われた側が全部を諦める必要はない。ただし、言った側がそこまで丁寧に説明してくれることは、まずない。

体が先に判断する仕組みは、防衛反応の名残

理屈で説明できない拒否感には、理由があります。
危険を避けるための判断は、考えてからでは遅い。だから体が先に動く。この仕組み自体は、生き延びるために必要だったもの。
問題は、その仕組みが現代の恋愛では過剰に発動すること。目の前の男性は何も危険じゃないのに、警報だけが鳴る。
私が手を引っ込めたあの瞬間も、たぶんこれ。頭の判断が追いつく前に、体が結論を出していた。

無理だと思った相手が、後から平気になった経験

職場の人で、実際に起きた

二十六歳の時、部署に異動してきた男性がいました。第一印象、正直に言うと、無理でした。話す時の距離が近くて、笑い方が大きくて、生理的に受けつけないほうに分類していた。
半年後、私はその人と普通に昼を食べていました。一年後には、けっこう好きだった。
何が変わったのか。彼は何も変えていません。変わったのは、私が彼の顔を見る時に頭の中で再生されている情報のほうでした。

顔の印象は、蓄積された行動で上書きされる

彼が、私が抱えていた案件を黙って手伝ってくれた日があります。誰にも言わずに、資料を揃えて机に置いてあった。
その翌日から、彼の笑い方が気にならなくなった。というより、あの大きな笑い声が、少しだけ好ましく聞こえ始めた。
顔の印象って、固定された画像じゃないんですよ。その人にまつわる記憶が全部重なった、動画みたいなもの。
だから、行動の蓄積で書き換わる。無理だった顔が平気になる現象は、決して珍しくない。

逆方向も、当然ある

公平のために書きます。逆も起きます。
最初は素敵だと思っていた顔が、半年後に見たくなくなる。この場合、造形は一ミリも変わっていない。上書きされた記憶のほうが変わった。
私は経験があります。付き合って八か月目、彼が私の友人を見下す発言をした日から、彼の顔をまともに見られなくなった。
あの日以降、彼が笑うたびに、あの時の口の形を思い出すようになったんだよね。顔が変わったのではなく、顔に紐づいた記憶が変わっただけ。

無理だと感じた時、私が自分に確認していること

一回目の印象で決めない、という最低限のルール

初対面の印象は、その日の相手のコンディションと、私のコンディションの掛け算です。
寝不足の相手、緊張している相手、店の照明が悪い場所。この条件下の顔を、その人の顔だと確定させるのは早い。
私は今、三回までは判定を保留すると決めています。三回会って変わらなければ、それは本物。

触れられるところを想像した時の反応

これは残酷だけど、いちばん正確な指標だと思っている。
手を握られる場面を想像して、体が引くかどうか。ここは意思でどうにもなりません。
条件で選んだ相手と結婚した知人が、数年後にこう言いました。全部良かった。でも、隣で寝ている時に一度も落ち着いたことがない、と。
この感覚を軽く見た結果は、後から必ず請求書として届きます。

周りの評価で自分の感覚を上書きしない

いい人なのにもったいない、と言われて何度揺らいだことか。
条件がいいから、優しいから、次はいないかもしれないから。この三つで自分の拒否感を否定しにかかると、後で確実にきしみます。
体が拒否している相手と付き合うのは、双方への裏切りです。相手は、無理をされながら選ばれたことになる。それって、断られるよりずっと失礼でしょ。

言われた側になった時の話

私も、面と向かって言われたことがある

二十四歳の時、飲みの席で言われました。
お前、顔は好みじゃないんだよな。
その場は笑って流しました。手元のグラスの水滴を、指でずっとなぞっていた記憶がある。帰りの電車で、窓に映った自分の顔を見ないようにしていた。
あの一言、五年くらい引きずりました。鏡を見るたびに、彼の声が再生される。化粧をしながら、これは好みじゃない顔なんだよなと思う日々。

あの言葉は、彼の感覚の報告でしかなかった

抜け出せたのは、別の人に、その顔がすごく好きだと言われた時です。
同じ顔なのに、真逆の判定が出た。ということは、判定を出しているのは顔じゃなくて、見る側の中身のほうだと分かった。
生理的に無理という言葉は、対象の性質ではなく、発言者の感覚を述べているだけ。判定書ではなく、感想文なんですよ。
これに気づいた日、五年ぶんの重りが軽くなった。深呼吸したら、肺に入る空気の量が違った気がした。

言う必要のない場面で、言葉にしないこと

断る時、理由を求められることがあります。
そこで正直に顔のことを言うのは、誠実さではありません。相手が一生かけて向き合うことになる言葉を、置き去りにする行為。
私は、ごめん、そういう感じで見られない、で通しています。中身は曖昧なままでいい。曖昧さが、この場面では優しさになる。

自分の感覚を、恥じなくていい

浅いのではなく、体が正直なだけ

生理的に無理という感覚を持つことは、性格の問題ではありません。
人を条件で選んでいると自己嫌悪する必要も、たぶんない。むしろ、条件が完璧なのに体が拒否するという現象こそ、人が条件だけで動いていない証拠でしょ。
私が手を引っ込めたあの夜、自分を最低だと思いました。今は違う。あの反応を無視して付き合っていたら、彼にもっと大きな傷を残していたと思う。

ただし、決めつけを一度だけ疑ってみる価値はある

とはいえ、初対面の拒否感を絶対視するのも、もったいない。
職場の彼のことを思い出すたび、私は自分の判定の粗さを反省します。あの時に距離を置いたままだったら、あの一年間の楽しさは丸ごと存在しなかった。
体の反応は正直です。ただ、その反応は更新されうる。この二つは矛盾しません。

結局、顔は情報の入り口にすぎない

最後にひとつ。
何年も一緒にいる人たちに、相手の顔のどこが好きかと聞いてみたことがあります。
返ってきた答えは、造形の話ではありませんでした。話を聞く時に眉が動くところ、寝起きの顔、笑いをこらえている時の口元。
全部、動きの話。全部、一緒に過ごさないと見られないものです。
最初の判定で無理だったとしても、それは入り口の話。入り口で決まる関係もあるし、入ってから変わる関係もある。どちらも、そんなに珍しいことじゃないんだよね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次