三月十四日。
朝、彼の顔を見た時点で、なんとなく分かってた。いつもと同じ表情。いつもと同じ会話。
それでも、夜まで待った。
仕事帰りに寄ってくれるかも、とか。実は隠してるのかも、とか。
まだ、あるかもしれないし
日付が変わる音が聞こえた気がした。ベッドの中で、天井をじっと見てた。
ホワイトデーに、お返しがなかった。
たかがお菓子でしょ、と自分に言い聞かせながら、なぜかずっと胸に残ってる。
この違和感、なんなの。
この行事には、期限がついている
渡した側だけが、日付を知っている
ホワイトデーの厄介なところは、返す日が決まっていること。
誕生日プレゼントなら、忘れられても、後日でいいか、と思える。
でも、この日は違う。三月十四日という締め切りが、こちらの頭にだけ刻まれてる。
だから朝から意識するし、一日かけて期待が育つ。夕方には、まだかな、になる。
そして何もないまま日付が変わると、落差が一気に来る。
物をもらえなかった悲しさに、一日待った時間ぶんの重さが上乗せされてるの。
あなたが受け取り損ねたのは、確認だった
もう少し、お返しに期待してたのは、お菓子そのものじゃないでしょ。
あの日渡したものを、彼がちゃんと受け取ってくれてたかどうか。私のことを、この一か月で一度でも考えたかどうか。
つまり、確認を待ってたの。
それが来なかったから、渡した行為ごと、なかったことにされた気がしてる。
物が惜しいわけじゃない。ここが分かると、自分の気持ちを責めなくて済む。
彼にとって、その日が存在していたか
忘れているのと、返さないのは別の話
まず、いちばん多いパターン。彼の中に、その日がなかった。
男の人の中には、ホワイトデーという文化を本気で運用してない人がけっこういる。
もらったことは覚えてる。嬉しかったのも本当。でも、一か月後に返す、という手順が頭に入ってないの。
これは、あなたを軽く見た結果じゃなく、そもそも認識の外にあったということ。
悪気ゼロ。だからこそ、気づかないまま来年も同じことが起きる。
気持ちがないから返さないのか、日付を知らないから返せないのか。ここを混ぜると、判断を大きく外すよ。
当日の態度で、見分けられる
判定の方法を置いとくね。三月十四日の彼を思い出して。
そわそわしてた?何か言いにくそうにしてた?ごめん、と一度でも口にした?
認識してるのに用意できなかった人は、後ろめたさが態度に出る。目が泳ぐし、話題を変えたがる。
一方、完全に平常運転で、何の意識も感じられなかったなら、その日は彼の中に存在してない。
前者は、気持ちはあるけど段取りが弱い人。後者は、行事に関心がない人。
どっちも、あなたへの気持ちが薄いという証明にはならないの。
ただし、放っておくと毎年繰り返される
察してくれるのを待つと、来年も同じ日が来る
何も言わずに我慢する路線は、選ばないほうがいい。
彼が気づいてないなら、こちらが黙っている限り、来年も再来年も同じことが起きる。
そして、そのたびにあなたの中に小さな傷が積もっていく。
一年ぶんなら流せても、三年ぶんになると、しんどいでしょ。
察してほしい、という願いは、たいてい届かない。届かないまま、こっちだけが冷めていく。
言うのは、わがままじゃなくて、関係を長く続けるための整備なの。
責めるのではなく、来年の運用として渡す
言い方だけは、工夫して。
なんでお返しくれなかったの、と過去を問い詰めると、彼は防御に入る。忘れてただけだろ、で終わって、何も改善しない。
使うのは、未来形。
私、ああいうの実は楽しみにしちゃうタイプだから、来年は簡単なものでいいから欲しいな。これで十分。
過去の責任追及じゃなく、来年の運用ルールとして渡すの。
これなら彼も受け取りやすいし、実際に来年動く可能性がぐっと上がる。
私が黙って我慢して、三年後に爆発した話
大人な女のつもりで、何も言わなかった
昔、まさにこれをやった。
バレンタインには毎年、手間をかけて用意してた。彼は喜んでくれる。そこは本当。
でも、お返しは一度もなかった。
私は言わなかったの。こんなことで文句を言う女だと思われたくなかったから。大人な対応だと思ってた。
その代わり、毎年三月十四日に、一人で少しずつ削れてた。
一年目は流せた。二年目は、あれ、と思った。三年目の夜、キッチンで洗い物をしながら、手が止まった。
関係ないことで、涙が出た夜
爆発したのは、まったく別の日。
彼が、テーブルにコップを置いたまま寝室に行った、それだけのことだった。
私は急に怒鳴った。自分でもびっくりするくらいの声で。
言いながら、涙が出てきた。コップの話じゃないのは、自分がいちばん分かってた。
彼は、心底わけが分からないという顔をしてた。そりゃそうだよね。私は三年間、何も言ってなかったんだから。
溜めたものは、いつか関係ないところで噴き出す。しかも、いちばん伝わりにくい形で。あれは失敗だった。
お返しがない相手を、どこまで許容するか
他の場面で、返ってきているかを見る
とはいえ、行事ひとつで人を判定するのは乱暴だとも思う。
だから、視野を広げてみて。
彼、他の場面ではどう?あなたが何かした時に、ありがとうと言う人?
体調が悪い時に気にかけてくれる?あなたの負担が増えた時、代わりに何かやってくれる?
日常で返ってきてるなら、彼はイベントの運用が下手なだけ。
逆に、日常でも一方通行なら、問題はホワイトデーじゃない。返す習慣そのものがない人、ということになる。
受け取るだけの関係は、静かに傾いていく
そして、そこは見誤らないでほしい。
与えられるのが当然になってる相手は、あなたの労力を計算に入れなくなる。
今年もくれるだろう、が前提になると、感謝は薄れていく。
それが積もると、あなたの側が、なんで私ばっかり、という気持ちを抱え始める。
片方が渡し続けて、片方が受け取り続ける関係は、ゆっくり傾いていくの。
だから、次の年からは、渡す量を少し調整してもいい。手を抜くんじゃなく、負担を対等に戻すという意味でね。
言葉にしたら、あっさり変わった人
言ってみたら、知らなかっただけだった友達
友達に、これをさらっと言えた子がいる。
彼女も、二年続けてお返しがなかったらしい。三年目の二月、渡す前に軽く言ったって。
私これ渡すの好きだから続けるけど、お返しもちょっと期待してるからね、と笑いながら。
そしたら彼、え、返すものなの?と本気で驚いたらしい。文化として知らなかったの。
その年の三月十四日、彼はコンビニのクッキーを買ってきた。しかも、なんかこれでいい?と自信なさげに。
彼女は、それで十分嬉しかった、と言ってた。金額じゃなくて、その日を意識してくれたこと自体が、欲しかったものだったから。
